2016年4月28日

力を誇示するメディア

産経新聞のコラムを見ていてふと思ったこと。全てのマスコミ、メディアでは無いけれど、一部のマスコミ人、メディア人はここ数年声高に「反権力」を叫ぶようになってきたように感じます。一つは、メディアというか所謂ジャーナリストなる人達が、メディアに露出する機会も場所も増えたからそう感じる部分はあるかとおもいますが。で、コラムにも書かれているように、確かに権力監視というのもメディアの重要な仕事というか使命ではあるとは思うけれど、それ以外にも企業の不正であったり、人権の侵害監視であったり、多分そういう事象の事の方が大きいのでは。特に権力監視という意味では、それは選んだ国民の義務でもあるわけですからね。二重、三重に監視するという事では意味があるとは思うけれど。

彼ら「権力監視」を声高に訴えるジャーナリストなる人達のコメントを見ていて凄く不思議なのは「反安倍政権」とは言うけれど、「反自民党」とか「反与党」という言い方はまず聞かない。彼らは安倍政権が仮に退陣して、その後に石破政権とか岸田政権とか、あるいは麻生政権とか誕生したら満足するのだろうか。例えば日本の政府がアメリカの大統領制度のように権力集中しているので有ればそれも分からないでは無いけれど、総理大臣は与党の党首で、政党の代表者である以上、政党からの要求だって無視するわけに行かない。100%ではないけれど、安倍さんだってそう好き勝手なことが出来ないのは、これまでの増税にしてもTPPにしても、あるいは沖縄の基地問題にしてもそう。逆に、メディアが声高に糾弾することに関しては、余り結果が出ていない気がする。

正直なところ、彼らが主張している姿を見ていると、例えば取材に基づいた事実の積み重ねの裏付けがあるわけでもなく、多数の支援があるように感じられるのでは無く(見た目は多数の意見のような言い方をするけれど、少数の有名人(悪名人?)が何度も登場しているだけ)、またその主張にしても感情的な言葉ばかりで心に響くことはほとんど無い。「メデイアへの圧力」を感じると良いながら、でも実際には無かったというのは、詐欺にも近いのでは。

コラムの中で、首相の首をすげ替えた武勇伝を語る著名ジャーナリスト氏がいるけれど、権力者に対して権力で戦うと言う事は、相手よりも強大な権力を持つと言う事であり、それって彼らが今反対している権力者の立場に彼らが立つことに他ならない。力のある相手に対して、より強い力で対応すると言う事は、彼らが反対している力による国境の変更にも繋がることであるし、彼らが批判している強者と弱者の対立にも繋がるのでは。特に電波を利用するテレビやラジオメディアは、電波という認可許可が必要な資源を利用しているわけです。特定のごく一部の組織にしか与えられない権利を利用して力を誇示すると言う事は、イコール「権力」になるのでは? 権力を批判する側が権力を誇示するって、矛盾では無いだろうか。

メディア、あるいはジャーナリストって、コラムの最後にも書かれているように「事実を伝える」と言う事が最大の使命だと思うんですよね。その上で、個人の意見なり見解を伝えるのはまず許される。でも、最初から自分の意見だけを言うのはジャーナリズムでは無いでしょう。それって、国会で無責任な発言をしている野党と同じ。結局はパフォーマンスだけが目的と言われても仕方ないでしょうし、それって薄っぺらい情報にもならない、たんなり雑音でしか無いことに少しは気がついて欲しいものですよね。

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