2016年4月17日

熊本大分地震

14日に発生した熊本地震は、実は本心の前触れ「前震」だったようで、15日にはさらに激しい地震が同じ地域を襲い、それによって被災者や死傷者も一気に増えてしまいました。震災後の被害は、これまでの数々の震災の様子を見ていて毎回「酷いなあ」と感じるものの、今回の熊本大分地震は、さらに輪を掛けて酷くなっている気がします。あくまで印象の範囲ではあるけれど、これまでの地震でも半壊したり倒壊した建物はあったけれど、今回の地震では一階が見事に潰されて、まるでだるま落としのような状態で全壊している建物が多いように感じます。九州地域では、どちらかというと台風被害対策で、屋根を重くして風に飛ばされないようにする建設思想があると聞きましたが、それが逆に仇になり、振動で一階が壊れると上の重みで潰される確率が大きくなるんでしょうか。更に一寸ショックだったのは、病院だとか市役所だとか、今回の様な場合には災害復旧拠点になるべき場所の建物にも大きな被害が発生していること。それだけ揺れが大きく激しかったと共に、何度も大きな震度での地震が発生していますから、一度目二度目は耐えても、三度目四度目で崩壊しているのだろうか。そういう意味で、これまでの地震は大きな本震があって、その後余震が来てもだんだん終息していったので本震での被害が更に広がることは余り無かったと思うんですが、今回は最初本震だと思ったものが前震と言われ、その後大きな本震が発生し、更に同程度の余震が何度も発生しているので、ちょっとこれまでの経験値も覆されるような感じがしています。

暫く前に、たまたま見ていた「ブラタモリ」が、この熊本編の後編だったんですよね。阿蘇山の噴火で溶岩流が何層かに固まり、その間に水が保持されるので「火の国」でも有り「水の国」でもあるという話でした。ああいう地層構造も、今回の地震の影響に関連するんでしょうか。何か、その水が溜まっている空間が共鳴箱のような感じで震動を増幅しているような気さえします。

日本という国を表現する時に、四季がある、自然が豊富・綺麗、という事をよく言いますが、こう言う震災もまた自然の一部。厳しい自然の中では、人間が知恵を絞って準備をして強力して行くしか無いんですよね。自然を畏怖することはあっても、恐怖では無いという気持ちで、日々の生活をもう一度見直すことが、今一番出来る事でしょうか。

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