2014年10月20日

「第三者委員会」という免罪符

朝日新聞が捏造報道に関しての第三者委員会を立ち上げ、その初会合の様子が紙面に掲載されています。個人的に先ず不思議に思うのが、例えば東京電力の原発事故の後とか、JR北海道で頻発した列車事故の後等には、メディアはこぞって企業体質の不備を指摘し、旧態依然とした体質改善のために、企業解体まで言及したものです。でも、今回の朝日新聞事件に関しては、そう言う話は一部で声は上がったけれど、今では何となく反省をしてそれで終わりになりそう。物理的に被害が出ている東電やJR北海道の事件とは事なり、朝日新聞の捏造報道に関してはそう言うものが無いから良いと思われているのだろうか。でも、情報ビジネス企業である「メディア」に取って、その情報を歪めていた、捏造していた、問題認識をしても30年も放置していた行為は、論理的には許されないことでは。自動車メーカーが問題解決のためにリコールをするように、メディアも情報修正のために何かやっただろうか。せいぜい、紙面でお詫びを掲載し、こういつた第三者委員会なる対策組織を立ち上げて終わりとするような雰囲気ですよね。

別に他のメデイアも同様の報道をしたと朝日新聞は言いたいだろうけど、それなら一番最後までその情報に対して訂正をしなかったメディアの義務として、他のメディアも巻き込んで世界中に分散してしまった誤情報戸そこから派生し拡散した除法訂正作業を先ずすべきでは。東京電力が福島の除洗作業を延々と続けているように、朝日新聞や他の日本のメディアも含めて、世界中に拡散している情報訂正作業に先ずは時間と人とお金を費やすべきでは。例えば吉田証言を重要な根拠としている、クマラスワミ報告等のレポートに対して、正式に訂正あるいは修正要求を先ずするのが、朝日新聞の「除洗作業」じゃないだろうか。あれだけ原発事故を厳しく追及し、「プロメテウスの罠」では厳しい意見を掲載している会社なんですから。もっとも、その「プロメテウスの罠」も、本当の話なのか、という疑問符が付くようなことが多いけれど。結局、この連載を担当している社内チームが、福島原発の吉田証言捏造事件も起こしたという話も聞いたけれど、それだったら未だに連載が続いているのはどういうわけ? 福島の原発事故以来、原発の再開には厳しい審査と準備が義務づけられて、未だに再稼働が実現していないのと同様に、朝日新聞の社内システムなり編集プロセスがちゃんと検証されるまでは、こういう連載も中断すべきじゃ無いの。そうで無いと、問題のあるシステムや組織がそのまま今でも継続して情報を発信しているわけですからね。

「いゃ、それではメディアとしてのビジネスが継続できない」というなら、東電と同じように必要な経費を計上して値上げすればいいんじゃないの。あるいは、電力自由化と同様にメディア自由化で参入を促せば良いんじゃ無いの。東電の場合は、電気会社の地域性の問題から、代替手段が無くて困る人も多くいたけれど、メディアの場合は他にも補完できるわけだから、朝日新聞が一月二月休刊しても、困る人は少ないでしょうし。その間に必要なお金は、朝日新聞が自らの資産売却なり、従業員の給与削減をするなりして賄えばいいわけですよね。東電に同じ事を要求したように。

結局、起こした問題からどんどん拡散拡大している誤情報の災禍に関しては何も手を打たずに、「第三者委員会」なるアリバイ工作をして時間稼ぎをして、暫くして「再生しました」と再び元のメディアに戻るだけのメディア企業なんだろうな。少なくとも朝日新聞が先ずやらなきゃ行けないことは、過去の記事を明記した上で、それらは誤報で有り取り消すことと、それらを参照している関連記事や資料で重要な物、分かる範囲のものに対して訂正や修正を要求する声明を、世界中のメデイアで展開しなきゃ。それがメディアとしてのリコール作業で有り、メディアとしての責任の取り方でしょ。小さな訂正記事を掲載して終わりじゃ、もう住まないと言う事を先ず認識しないと。

と言っても、この会社には言うだけ無駄なんだろうな...

0 件のコメント:

コメントを投稿