2014年9月4日

主語は何?

太宰メソッド」の話を読んで思いだしたことが。大学を何とか5年(?)で卒業して、これも何とか入った会社は外資系。しかも、何故だか研究開発部門に配属されたもんだから、日々の会話には英語が溢れているし、当時としては珍しかった社内のメールシステムも全部英語。さらにさらに仕事の相手の大半はアメリカ人だったから、読み書きするメールの99%は英語。と言うか、当時のコンピューターシステムではまだ日本語が扱えなかったという理由もあるけれど。だから、残り1%(実際はそれ以下)は「ローマ字」でしたよ(笑)。

高校時代英語が苦手で、だから大学入試も英語が無いか配点が低いところばかり狙って、大学でもそれ程真面目に勉強しなかったから、当然会社に入ったときにはちんぷんかんぷん。でも、だからといって英語のメールは止まってくれないし、毎日な気ながら辞書を引き引き怪しい単語を並べていました。で、門前の小僧何とやらじゃ無いけれど、1年過ぎ2年過ぎると、何とかそれなりに英語の文章も書けるようになるし、まぁ発音は酷いけれど会話も出来るようになります。ただ、元々のスキルがゼロからスタートしているから変なクセが付いちゃったんですよね。それは、日本語の文章をそのまま翻訳しようとするから、どうしても主語が曖昧のまま訳そうとして、その為受動態に訳すことが多くなるんですよね。これ、アメリカ人からすると凄く分かりづらい表現な訳で、当時の仕事相手は苦労したんだろうな。

そんな自分も入社4年目に初の海外出張を経験し、その翌年には半年以上の準駐在的出張も経験しました。この半年の滞在(実際は4ヶ月出張+2週間の一時帰国+3ヶ月の出張)期間で自分の英語スキルは大きく替わり、それなりに話も出来るようになったし、書く方も何とかその後20年首にもならずに会社に於いて貰える程度のスキルが身につきました。ここで一番変わったのが、英語で話しをするときの主語。それまでは日本語での語順をそのまま薬草とするので、主語が曖昧(itとか)だったり、物とか事柄の場合が殆どだったのが、英語に慣れてくるとまず"I am..."とか"I think..."とか、まず「自分は」という事を、その後の言葉がまだ見つからなくても最初に発するようになったんですね。勿論、"You..."とか"He..."で始まる場合も有るわけですが、そんな時も"I think.... he should work..."みたいな感じで先ず「自分は」から始めるようになったんですね。で、こういうクセを身につけてくると、日本語をそのまま訳そうとする事も少なくなり、頭の中でも言いたいことを英文で組み立てて、それを話すようになってきたんですね。それを10年近く、毎年日米を往復しつつ、長いときには半年くらいアメリカで暮らしていると、そう言う話法が身について、日本語の時も先ず主語は何という事を気にするようになりました。だから、時々日本語で何か言ったり書くよりも、英語で書いた方が楽だったりして(笑)。

アメリカ人って曖昧な表現を嫌がるんですよね。日本のように、「あ、うん」のような事は嫌がる。国民性の違いだと思うけれど、こちらがつい日本人相手の話の積もりで日本的な言い方をすると、直ぐに「それは誰が担当なんだ、どうする予定なのか、いつまでに完了するのか」と畳み掛けてきます。だから「太宰メソッド」的な事を言おう物なら「みんなって誰だ」とか「それは日本国民の総意なのか」とか、直ぐに突っ込みを受けてたじたじ。勿論、英語だって不特定多数を主語にして言うこともあるし、"We"と言う主語は不特定多数の総称として使われるわけで、そこは厳密に特定するような事が徹底されているわけではありません。ただ、"We"と言えば自分を中心とした周り(その範囲はいろいろあるけれど)という意味だし、それは「みんなが」とか「我々が」という言い方とはちょっと違うニュアンスです。「私達が」に近いのかな。「我々は」というのは何となく周り全体の総称だけど、「私達は」では自分を中心とした自分も含めた周りの意味が感じられますから。

自分もごくごく限定された範囲ではあるけれど、こういう場所で不特定多数に対して文章を公開する以上は、少なくとも主語は誰で何を目的にしているのかは理解して貰える文章になるように気をつけないと。

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