2014年6月4日

パソコンとタブレットの境界線

Surface Pro 3の記事を色々眺めていて感じたんですが、「パソコンとタブレットの境界線って、どこ」ということ。Surface Proは、Desktop Windowsが走る、見た目はタブレットだけど「Windowsパソコン」の範疇。方や、iPadやAndroidタブレットは、走るOSや環境はそれぞれのデバイス用に特化(シンプル化)されたもの。Windowsタブレットも、以前はWindows CEとかWindows Mobileとか、Windowsの簡略版みたいなものがありましたが、H/Wのスペックアップとともに、Windows本体がそのまま乗るようになってきましたね。

Surface Pro 3の写真とか見ていると、今の主流となっているUltrabookとほとんど同じ。違いは、キーボード部分が着脱できるかどうか位だけど、Ultrabook中にもそう言う仕組みのものはあるわけで、それならばSurface Pro 3をわざわざ「タブレット」と呼ぶ必要も内容な気がしています。

Windows 8から採用された「モダンI/F (aka Metro)」は、確かにiPhoneでスタンダードになった、アイコンが整列しているI/Fと似た印象ですけど、実際にこのアイコンをタップして動作するものは、ほとんどがWindowsのデスクトップアプリ。デスクトップ環境に最適化されてきているものが、タブレット環境で起動されても、決して嬉しいとは思わないのだけれど。Windows8.1になって、このモダンアプリも増えてきているみたいだけど、そうなるとわざわざWindowsのデスクトップアプリを起動する必要も無いわけですよね。iPadがiOSのアプリは起動しても、OS Xのアプリを起動する必要が無いように。だから、結局Surface Pro 3はキーボードを(オプションだけど)前提にした説明になるわけだし、iPadは本体のみで、必要ならばキーボードも使えるというストーリーが出来るわけです。

そう言う意味で、AppleはMacとiPadをそれぞれ違うセグメントに明確に分けていて、Macで出来る事・やるべき事と、iPadで出来る事・やるべき事を別に定義することでマーケットを大きくしています。方や、Microsoftは、結局今のUltrabookのマーケットにSurface Proを投入しているだけで、マーケット拡大の要素も小さいし、逆に本来のお客さまであるだろうPCメーカーとの競合も発生します。彼らとしては、(PCメーカーの)パソコンも買って欲しいし、さらに自社のタブレット(Surface)も買ってください、というプランを作らなきゃいけないのに、今のパソコンの主流がUltrabookだから、そこのセグメントをとれるタブレットを出しちゃった、というのは正しいのか?

パソコンメーカーとしても、Ultrabookをどんどん成長させていけば、多分ボトムアップのような形で今のSurfaceに近づいていくだろうけど、トップダウンで降りてきたSurfaceとどの様な差別化するのか。結局は、キーボードが邪魔にならない薄型パソコンが登場して終わりになりそうな気がする。まぁ、12インチクラス以上はパソコン、10インチ未満はタブレット、という棲み分けが何となく出来るんじゃ無いだろうか。

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