2013年7月16日

逆取材

今回の参議院選挙は、初めての「ネット選挙」でもあり、各政党は勿論、いろいろなネットメディアも新しい試みをしているみたいです。そんな1つを紹介する産経新聞West版の記事。いつもは、マイクを向ける側の人間が逆にマイクを向けられると躊躇する様子が書かれているけれど、そう言うストレスをいつもは与えているんだと言うことを自覚して欲しいですよね。(いゃ、マイクなんて向けられたことは無いけれど)。

で、個人的に気になったのが最終ページの最後の部分。ニコ生のコメント機能について触れていて、その中に心ないコメントや誹謗中傷に近いものがあることが残念と言っているところ。確かに、匿名性をよいことにして、好き勝手言うのがあのコメント機能なわけで、多くのコメントにはそれほど意味があるとは思わないけれど、時々秀逸なツッコミとか意見とかも流れてくるので、案外無視することも出来ないもの。で、記事を書いた記者の人はそう言う点は認めながらも、関係無いコメントが残念というのだけれど、でもそれを言ったら国会のヤジとかどうなるんでしょう。誹謗中傷すれば罰則が適用されるんだろうけど、でもどうでも良いことや単に大声を出して発言を邪魔するだけなら、ニコ生の流れていくコメント群と何ら変わりないと思うんですよね。

確かに、好ましくない書込もあるわけですが、「情報」という観点で見れば、それらはデータには必ずついてくる「ノイズ」な訳で、重要な事はそう言うノイズをフィルターする事=個人の情報リテラシーを以下に延ばしていくか、ということでしょうね。そう言う意味で、今回のネット選挙はそれまでネットに馴染みが無かった人が初めてネットの洗礼を受けた機会だったかもしれない。その中には、反発したり拒絶する人もいるだろうけれど、ただ昔はペーパーメディアしかなかったものが、ラジオが登場しテレビが登場して、メディアの中心がだんだんとそう言うものにシフトしていき、それを人間も受け入れていったように、今度はネットというさらに自由で何でもありのカオスの中に生活する事を自覚するんじゃ無いだろうか。勿論、既存メディアのような整理=フィルター済みの情報を望む人も多くいるだろうけれど、それならそれでそう言うものを選択すれば良いだけ。その自由は、受け手側にある、それを選択するのは受け手の責任と言うことですよね。

今回の記事を書いた記者さんも、そういう「逆の立場」「違う俯瞰」の経験を、もう少し考えてみてくれると、面白いメディアになるんだろうけど。

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