2014年8月7日

三日で消える朝日新聞の反省

8月5日、6日と自らが招いた「慰安婦問題報道」について過去の記事の取消と言い訳を掲載した朝日新聞。3日の今朝の朝日新聞のサイトトップからは、とうとうそのページへのリンクすら消えてしまいました。「いぇ、自動的に新しい記事へのリンクが設定されるからです」と言い訳してきそうだけど、30年間も自らが正しいと言いづけてきた記事を取り消すという、メディアとしては致命的な間違いを犯したにしては、随分と軽い扱いだなぁ。

しかも、6日の2回目の特集では、論点のすり替えをしようとしていて、「誤報」が問題では無く、その背景にある被害者の扱いが言いたかったこと、等という方向に話を進めようとしています。これって凄く危険なことで、例えばプログラミングに関して言えば、


  1. ある初期値を設定したけれど、それが実は間違ったパラメーターだと後から気がつく
  2. 既にプログラムのあちこちに散りばめられてしまった、そのパラメーターを今から削除するわけにはいかないので、「意味がある変数」として取り扱う
  3. その変数により発生する誤動作や例外処理を回避するために、パッチコードや例外処理ルーチンをどんどん追加していく
  4. それでも抜けがあるから、時々プログラムの動作で予想外の結果が出たりするが、その時には「それが仕様です」と本来意図しなかった機能・動作も「正しい」と言い切る
  5. そのプログラムを引き継いだ後継エンジニアから「このデザイン変じゃない、このコーディングBugじゃ無い」と指摘されるけれど、今となっては認めることも出来ないし認めてもどうしようも無いので「いゃ、それは必要です」と居直る
  6. 「仕様」と言い張ってきた機能も、色々な場所でトラブルを発生し始め、ユーザーからの改修要求が日増しに高まり、とうとう「実はBugでした」と認めるも、プログラムの改修はせずに、「新しいプログラムをみんなで考えて作っていきましょう」と言い出す <= 今ここ(笑)
てな感じでしょうかね。で、その間違ったプログラムは既に色々な場所で使われていて、それによって振り回されている人達には何も対策が講じられないわけで、本来なら開発会社がちゃんと責任を取らないといけないはず。プログラムを入れ替えるなら、ちゃんと最後まで面倒見ないといけないけれど、早くも三日目でほっかむりを決め込む会社がここにあるわけです。

今回の場合、間違った情報を提供していたという、メディアとしての致命的な間違いも問題だけれど(取消はしたけれど、謝罪はしていないから、そこも問題)、個人的に一番問題だと思うのは、元々の報道に対してその疑義が何度も何度も30年近く外部から指摘されていたのに、その見直しすら行わずに自らの正当性を主張し続けてきたことが、情報提供者として問題だということ。昔は公害問題が大きな社会問題になっていました。幾つかの大企業の工場から排出された廃液に有害物質が混ざっていて、それによって健康被害を受けた人が沢山いました。最終的に工場側では廃液に問題があったことを認めて、その排出を止め、浄化措置など設置したわけですが、同時に健康被害を受けた人達に対しての対策もしているわけですよね。今回の場合は、これまで問題無いと言っていた廃液がやっぱり問題有りだったので止めました。今後は、もっと綺麗な排出が出来るように頑張ります、と言うだけで、これまでの行為対しての謝罪は無し、健康被害者への対策も無し、逆に自らは「これだけ頑張って浄化作業に対応しています」というところだけ強調しているだけ。世間は、それで納得するだろうか。そう言う大企業の態度を批判してきた張本人が、それと同じ事をやっていることを自覚しないといけないし、自覚させる事を進めないと。ある意味、これで終わったとしたら、大手メディアの怖さという物を個人的には感じますね。少し前に機密情報保護法の賛否があったけれど、それ以上に深刻な話だと思う。

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